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知ってる?? 知らない?? 文顕進会長の文書動画と講話文

つぶやき 7年大患難

 私たちは7年大患難をどのように生きるのか
教会・主義・信じていた全てが動揺しても、主権者が倒れても、自らの父母が変わっても、兄弟が変わり果てたとしても、国と世界が乱れても、進む道がふさがったとしても悲しまず気落ちせず平然としていなければならない。


 神様は死んでいない。神様は動揺せず、この時間も私を訪ねてこられるということを知らなければならない。


 天に対する一片丹心だけは動揺させない。天を頼って仰ぐ希望の心だけは変わらず、難しい場で天の父を呼ぶことができる心をもつ。


 地獄に落ちる苦痛を感じる恨があったとしても、天の父と共に参与する立場に立って天の父の苦痛を私が思いやって、その天の父は私の苦痛を察してくれることを信じて、そのような場でも行くという責任と義務を感じていく


 私たちは天の父に侍るのに、天上の宝座に座っていらっしゃる父に侍るのではなく、死亡の波打つ中で真の息子、娘を探すために御苦労される天の父に侍らなければならない。


 その天の父を私の天の父と知り、その天の父の事情を私の事情として、その天の父の心情を私の心情として、その天の父の願いを私の願いとして訪ねてこられる天の父の前に雄々しく立って、


「あなたの息子を探すことがあなたの願いであることを知って、その息子を探し、あなたの歴史的な曲折を解くことが、あなたの事情であることを知って、失った息子を抱き締めて愛したいのがあなたの心情であることを知りました。


 どのような塗炭の苦しみと艱難と難しさの中にあったとしても、私があなたの願いの実体であり、事情の実体であり、心情の実体です」と自信をもって立たなければなりません。このような者であってこそ天の父の息子であり、またその天の父に侍ることができる者になる。

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